釈尊からのメッセージ(著書紹介)
釈尊からのメッセージ −今、これからを生きるあなたに−
著者 小林正道(妙定院住職)
ナムブックス3
発行 浄土宗
¥315
お求めは 浄土宗出版

目次
 
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序文
思い切って一歩進む
きずつけずに目的に向かう
言葉と行動
蓮になる泥になる
動じない人
大きな流れ
ざわめくこころ
本当の思いやり
さまざまなつながり
みんな自分を愛する
与えることは自分の向上のため
あなた自身の大切さ
時の流れと努力
すべてのものに教えられて
雑音は気にしない
振り返ることから始まる
自分に気づくこと、そして幸せ
あとがき
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5 動じない人
 雄大な自然の中にいると、気持ちもまたゆったりとしてきますね。
経典には次のようにあります。

  固い岩石が風にゆらがないように
  賢者は そしりとほまれとの中にあって
  心うごくことはない         (『法句経』81[南伝23-29])

 大きな石や山などを見ていると、その落ち着きがこちらにも伝わってくるような気がします。やはり、日ごろ忙しくすごしていますと、ゆっくり考える余裕もなくなりますし、人にどうのこうのと言われたり、そんな噂を聞くと気持ちが落ち着かなくなってしまうこともよくあることです。すばらしい自然を見ながらゆったりとした気分になりたいものです。
 この句は、「心あるものは、ほめられたりけなされたりしても動揺することがない。大きな岩のようだ」という意味ですね。
 ではその〈心あるもの〉とはどのような人でしょう。また、どうすべきだというのでしょう。
 同じ『法句経』のすぐ前八〇番には、

  川づくりは 水をみちびき
  矢づくりは 矢をためなおし
  木づくりは 木を曲げ整える
  賢者は 自己を整える        [南伝23-29]

とあります。
 川をつくる人は川をつくり整える。矢をつくる人は矢をつくり整える。そのように智慧のある人はおのれをつくり整えるのだというのです。自分をつくり整える人は自分だということになります。それが賢者、〈心あるもの〉です。
 仏教では自分を大切にしなさいと説きます。
 同じ『法句経』の一六〇番は、

  自己のよりどころは自己だけである
  他にどんなよりどころがあるだろうか

と言い、自分こそ自分のよりどころだと自らの大切さを説きます。そしてさらに、

  自己がよく整えられたとき
  人は得がたいよりどころを得る    [南伝23-42]

と結論づけています。自分と言っても、勝手気ままな自分ではない、整えられた自身を頼りにせよというのです。
 整えられた自己、そうなるのはなかなか難しいことです。
 ひとつ深呼吸し、ゆっくり自らを振り返り、見つめることからはじめたらどうでしょう。少しでも、あたふたしにくく、他人の言葉にまどわされにくくなっているのではないでしょうか。
6 大きな流れ
 さて、岩の次は川をテーマとしてみましょう。『スッタニパータ(経集)』という経典に次のような言葉があります。

  底浅き小川は 音をたてて流れ
  大河は 音をたてないで流れる  [南伝24-269]

 インド、特にお釈迦さまの住まわれていた地方は、ヒマラヤの南のふもとで、川の多いところです。お釈迦さまも日ごろ、川に親しまれていたことでしょう。そして、人々の生活・態度をそこに照らしてみたこともあったでしょう。
 ここでいう〈底浅き小川〉は不平・不満や愚痴をぶつぶつ言う人でしょうか。底の浅い川が音をたてて流れることにたとえたのでしょう。このような人自分に発展性がないばかりではなく、周囲に不快な感じを与えます。
 それに反して、静かにとうとうと流れる大河は、何かに打ち込んで、満ち足りた気分で生き抜いている人。目も輝き、顔色もよく、生き生きとして、不平・文句を言わず、広い度量を持っています。まして、他人をうらやんだりねたんだり、カッカとすることがありません。
 しかし、この静かさ、落ち着きは、休んだり、動きが止まっている静寂ではなく、完全な活動をしているときの静けさです。大河は静かながらも、しっかりと流れていますし、また物を確実に動かしていきます。
 そんな人は、態度は前向きで、周囲の人を自然自然のうちに感化し、動かしていきます。しかもその本人は別段骨が折れているわけでなく、遊びごとのように自分の仕事を楽しんでいます。ですから、人に恩を着せるようなこともありません。
 「暑い」「寒い」「疲れた」などと言ったり、他人と比べたり、時間を気にしたり、自信を失っていたりすると、つい不平・文句が出てきます。そんなときには雑念が心の中にわき、いっこうに仕事や勉強ははかどっていません。
 ひとつ、心をじっくりと落ち着かせ、自分の川底を深くしようではありませんか。
 『法句経』(82)に次のような言葉かあります。

 深い池が 静かで澄んでいるように
 賢者は教えを聞き そのこころは澄みわたる  [南伝23-29]

 心の底を深くすると、心も澄んでするようです。不要な音をたてず、かつ力強い大きな河のような日々を過ごしたいものです。

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